トップページ > メンテナンス
 File No.     
このロールを自サイトでリンク活用される場合は以下のタグを貼り付けてご活用下さい。
<a href="#" onClick="Javascript:window.open('http://comi-roll.up-jp.com/index.cgi?mode=view3&no=48','host','width=790,height=430,scrollbars=0,top=30,left=30');return false;">ゴズィラ小説集 【SMILING】</a>
作品タイトル:ゴズィラ小説集 【SMILING】
日時: 2005/04/16 18:19
名前: ゴズィラ  [フォントカラー/背景色:/]
背景画像: bgH1.jpg

<IMG src="http://www.musou.up-jp.com/gozira/img/top.jpg" border="0">


【作品の紹介】



━━━今を歩む、"私たち自身"に捧ぐ━━━…



「人生はチョコレートの箱…。食べるまでは中身は分からない…」 <フォレストガンプ 〜一期一会〜>


<b>ゴズィラ小説集【SMILING】</b>
 


STORY bP 【マルサ22 Good-bye,Tax evasion!!】


STORY bQ 【BRACELET】


STORY bR 【SMILING 〜VERSIONU〜】





メンテ
Page: [1]

ファイルNo.1
日時: 2004/11/19 00:04 [フォントカラー/背景色:/]
背景画像: gr_kira.jpg

<IMG src="http://www.musou.up-jp.com/gozira/img/marusa.jpg" border="0">





【マルサ22 "Good-bye,Tax evasion!!"】

 
 世界は広くも、狭い━━━…
 お金が十二分にあるのに関わらず、それを土に埋めたがる人も世の中には居る
 ようだ。庶民並みの生活は必要ない……。如何にどれだけの世間の目を騙せて、
 生き残れるか…。 払うものを払って、スッキリ解決。後は、悠々自適に経営を
 推し進めれば良いのだけれど。 それをしないのが…税金の"不正申告"である。
 所謂、『脱税』と呼ばれている悪行為だ。

 あたかも、極々一般的に行われていると言わんばかりに、今日も脱税者達は、
 金貨の入った小袋を、土の中に埋め続けている。 しかし、どれだけ歪んだ
 努力を払おうとも、決してその努力は報われない。覆されるのだ……。努力が
 引っくり返されるのは、実に滑稽。忽ち、マスコミ各社からの嘲笑の喝采を受ける
 事態になる。


 【国税局査察部・強制調査対象】
 最高級三ツ星ホテルを全国区に展開している、株式会社『SORANOグループ』。
 2001年7月から2004年12月現在までに、社長の空野元雄含む幹部7人が、ホテルの
 必要経費の領収書偽造を行っていた事が、領収証の発行元に記載内容の確認をした
 時点(反面調査)で明らかになった。数回に渡る任意調査の結果…4年6ヶ月の間
 で、約7億6000万円を水増しし、脱税の疑い。手順は単純なものだが、さらなら摘
 発を発覚させる為、裁判所からの令状のもと…22歳のマルサを中心とした強制調査
 団を本社に踏み込ませることとする。尚、『SORANOグループ』の代表取締役の
 空野元雄は、水増し脱税を断固否認している…。
 


 表はニコニコ顔を漏らす、サービス業の大手グループ。裏はニヤニヤ顔を絶やさず、
 納めなければならない筈の札束をヒラヒラと扇ぐ。 そんな…"典型的"な脱税社長
 が指揮する、『SORANOグループ』は、今まさに…崖っぷちに立たされていた。
 一歩退けば、それこそ真っ逆さまに、荒波が打つ、冷たい海にへと転落してしまう
 …そんな状況。

「まぁまぁ…とりあえず、お昼をお取りしましょうか?」
 そう言ったのは、このSORANOの社長を務める空野元雄である。絢爛豪華…
 とまではいかない。が、中々の内装が施されている…ここは社長室。
 来客用の深々としたソファーに、元雄は座っていた。しかし、妙に
 落ち着かない素振りを、来客の男性に見せる。手に握っているハンカチで、
 何度も額に浮かぶ汗を拭えば、靴を交互にコツコツと、床の上で音を鳴ら
 せる。…そりゃ落ち着かないのは分かるけど…。
「いやいや結構ですよ♪ 僕は自分用の弁当を持って来てますからね!」
 元雄の向かい側の同じソファーに座っている、若い男性はそう言いながら、
 自分の鞄の中から、ハンカチに包まれた弁当箱を取り出して、それを元雄に
 確認させる。

 彼を崖っぷちに立たせている張本人こそ、元雄の眼前に居座る…21歳の青年なのだ。
 名は、神山アキラという。若くして、国税査察官…通称"マルサ"を務めている。
 57歳の元雄と22歳のアキラ…。年の差は35と元雄が、人生を遥かに先走っているの
 にも関わらず、面白可笑しい事に、身の立場は逆転していた。 年の差なら人生の
 先輩になっている筈の元雄を、若きマルサは冷静に責め立てている。
 
「そんなものより、貴方の為にと〜っても美味なものを用意してあるのですよ…」
「はっ……? そんなものより、僕が今日…こうして貴社に強制調査に来ている訳が
 分かりますかね? …実はここに……」
 弁当箱を鞄の底に仕舞い、今度は予め持参してきた書類を取り出そうとする。
 それに気付き、元雄は慌ててアキラの言葉を寸断した。それが"どういった類"の
 書類かが察しが出来たからだ。

「いっ! やっ…その、お…お〜い! 入って来たまえ!! 大事なお客様にアレを!」
 と、元雄が社長室の扉に向かって叫んだ途端、"失礼します"と外から小さい
 呟きが聞こえた。徐に、扉が開かれ室内に秘書らしき女性が入室して来た。
 やや大きめの風呂敷に包まれた重箱を両手に抱えながら、丁寧にそれを社長に
 手渡す。
「ん? 空野社長さん…そりゃあ、何です?」
 突然の展開に、アキラはただ唖然としていた。
「よろしい…君は下がっていなさい…」
 秘書は元雄の言葉に、軽く会釈すると、そそくさと社長室から退室して行った。
 元雄はその重箱を、二人の目の前のテーブルに置く。アキラはワザと、
 無愛想な顔色を見せ、目を小さく細めた。

「いやはや、私にもそれなりの"お客様へのおもてなし"をするという、義務があるので」
 風呂敷の包みを外せば、中からは定番のおもてなしと書かれている割り箸と、素晴ら
 しい漆塗りが目に光る、黒い重箱が…。試しにといった感じに、元雄は一番上の段の
 蓋を取り外した。 きつね色の衣に仕上がった豚カツの上から、赤味噌が覆い被さっ
 ている。
「味噌カツ……ですかい?」
「はぁい、そのとお〜り! 中区にある老舗の豚カツ屋が誇る、味噌カツ定食なのです! 
 貴方様はまだ"お若い胃袋"をお持ちのようなので、二人前を頼んでおきました!」

 アキラは、思わずムッとなり座ったまま、手を組み足を組む。そして、ジッと睨むよう
 に元雄の顔を眺める。まるで例え通り、蛇に睨まれた蛙の如く、元雄はアキラを見て
 カチンコチンに氷漬けになる。……時間稼ぎを含めた媚売りは、誰の目から見ても、
 そりゃあ…明らかであった。素人でも分かるのだから、脱税摘発のプロ・マルサに
 とってみれば、馬鹿馬鹿しさ甚だしいのであろう…。

アキラは"ドカッ!"とテーブルを両手で押すように叩いた。元雄は、身を引きながら
 その行為に酷く驚く。"しまった! あからさま過ぎたか?"と心の中で思いながら。
 そう思ったとき、アキラは口から予想外の言葉を口にする。



「社長さん…僕はですね…高校の時に胃を3分の1程、摘出したんですよ!!」



「……………へっ…?」



 そう突っ込むときたか…。素っ頓狂なアキラからの返信に、益々元雄は、頭を抱え
 こんでしまう。果たしてそれは天然なのか? それとも確信犯的に元雄に揺さ振りを、
 仕掛けているのか? もう…何も先行きが見えないでいた。
「だから僕は、この実にヘルシーかつ、消化の良い"愛妻弁当"を持参してきているから…
 いいんですよ……」
「差異ですか……。それより既婚済みなんですなぁ…まだまだお若いのに…」
「若 い の が い け な い ん で す か い ?」
「あっ…こ、これは失礼致しました…。いやぁ…その…はい…」

 たじろぐ元雄をよそにして、先程取り出そうとした、書類が入った茶封筒を再度、鞄から
 素早くバシリと、それをアキラはテーブルに叩き付けた。
「ここには貴社に対して、実費として領収書を手渡した各業者の、"具体的な領収書の
 記載内容"を纏めた書類が入っております。 念の為、今までに受け取った全ての領収書
 を確認させてください」

 アキラはソファーから立ち上がりながら、冷静かつ淡々に言葉を並べる。それに対して
 あえて口を噤む元雄がいた。こういった脱税をしている輩がそう簡単に、"はい、
 そうですか。ではお見せしましょう"と述べるはずも無いのだ。そんなのは、アキラに
 とっても既に、承知済みである。

「りょ…領収書ですか〜…。え、あ…あれは〜ですなぁ……最近、私は物忘れが酷くて
 ですね…。受け取って少し経つと、所在が分かんなくなるのですよ………。 ハイ、
 残念です!」
 如何にも"あれな"笑顔を垣間見せる大企業のトップ、空野元雄57歳。とても情けない…。
「あぁ、そうですか。更年期障害が激しいんですね、おたくは」
 すかさず、皮肉る。しかし、反論する権利、立場が皆無な元雄は"仰る通りで…"と
 返すしかない。

「よし、しょうがない…。では社長さん、少しお手伝い致しましょう」
「はい? お手伝い…ですか?」
 不思議顔をする元雄は淡々拍子に事を進めてゆくアキラに、もはや呆気にとられている
 しかなかった。そんなアキラは、ポケットから無線トランシーバーを出し、スイッチを
 入れる。

「えぇ〜! こちら社長室の神山です。どうぞ!」
「はい、こちら事務室潜伏中の本宮です。どうぞ!」
 元雄は緊張のせいで、喉の渇きを覚える。が、今は黙って面を合わせない二人のマルサ
 のやり取りに、必死に耳を傾ける。

「本宮さん、お手数ですが各調査官達にですねぇ……"社長室だよ! 全員集合!!"
 とお伝えしてください。 僕は引き続き、社長さんと睨めっこしてます、どうぞ!」
「了解! そんじゃ、山下と木村に"社長室だよ! 全員集合!!"と伝えておく!」

 いや、本人らはふざけて調査をしている気は毛頭無い。これでも真剣なのだ。逆に、
 こんなのを"真剣なやり取り"だといわれると、ガクリときてしまう訳だが。
「これで一安心。僕達が一緒になって探してあげますよ。彼らもじきに来ますしね!」

 屈託を感じさせないアキラの笑顔。何ともいえない汚れない無垢な笑顔を、目の前に
 今だ座っている、元雄に見せかける。トランシーバーをポケットに仕舞い込みながら
 今度は、社長室内を物色し始める。 それに慌てたのか、元雄はソファーから勢い良く
 飛び跳ね上がる。

「そ、そんな…もうお昼時ですし。いい加減、昼食でもお取りになりましょうよ!!」
 無視するかのように、アキラは元雄が使用している、立派な社長机の中を調べている。
 丹念に、一つずつ引出しを開けながら、隅々までに目を光らせる。
「それよか、領収書探しが先ですよ…。 食事は一段落ついて食べるのが、格別なんで
 すよ…。………と、ここには無い…」

 "ブツ"が無いと判断し、アキラは別の引出しを開ける。そして、探索作業が続けられる。
 と、その時…社長室の扉が、ややしたたかに開くと、"全員集合!!"の合図で集まった
 マルサ強制調査団が続々と加戦しに入って来た。 オロオロしている元雄には目もくれ
 ず、入って来た三人は、アキラの元へ寄って来る。

「どうだ、アキラ。根本的なもんは見つかったか?」
 やや中年真っ盛り、年は41歳のマルサ…本宮総一郎が茶化すようにアキラに問い掛ける。
「見つからないから…こうして、本宮さんたちを呼んだんですよ!」
「へいへい、やっぱり今回のは流石にてこずってる様だなぁ…指揮官さん」
 総一郎の隣り、他の二人のマルサも、どうやら外見からしてアキラより上だ。
 なぜ、皆より明らかといって良いほど、マルサ歴は短く年下なのに、この調査団の指揮を
 アキラが執っているのか…。それにはそれなりの"事情"というものが存在している。

「違いますよ。ちょっと社長さんの慌て振りが面白くて、ついつい…」

 些細な言葉を元雄は聞き逃さなかった。自分は弄ばれていたことに…今更ながら気付く。
 遊ばれていた事実についに、頭が上がらなかった気持ちを一気に爆発させ、元雄はマル
 サたちにズカズカと体を揺らしながら、歩み寄る。動揺を感じさせないアキラに、顔を
 これでもかとズイッと近づけた。態度が豹変している…。

「この…青二才が…。私を嘲笑っていたとでもいうのか! …国税局も落ちたものだ!
 人を見下すしか能が無く、自分らの探しているものは見つける事が出来ないのだからな」
 ビール腹のような膨れた元雄の腹が、アキラの体を強く押し退けさせる。だが、決して
 圧力などに、アキラは動じず、変わらない自信に満ちる凛々しい顔を覗わせていた。

「とか、言ってるうちに…社長さん、早速4枚ですが発見したんですけどねぇ…」
 
「なぬぅ?」

 元雄が振り返ると、総一郎の手中には既に幾つかの領収書があった。社長室の本棚、
 その中から適当に引き抜いた本をペラペラ捲っていたら、偶然にも4枚の紙切れが
 挟まっていたのである。
「本宮さん、その各発行元は何処ですか?」
 すかさず…反面調査資料との確認作業を急がせる為、アキラは総一郎に指示する。
「えっとだな、マツモトワイン酒造…小松木材製造…株式会社スラッシュ…あとは、
 高級食器で有名のWINGだな…」
 発行元を音読しながら、それらはアキラの手元に渡された。

「これで、デカイ声はもう出せませんね。社長さん?」

 突っ立って下に俯く社長との擦れ違いざまに、吐き捨てながら、元雄と面と面とを
 合わせていたテーブルに向かう。 茶封筒から数枚の書類、クリップでしっかりと
 止められている書類群を取り出す。そして、押収した領収書と照らし合わせる。

「えっと…こっちの領収書では900万円…。となれば、発行元の記載内容は…100万円。
 成るほど…筆跡からして、<1>に上手い具合に書き足して、<9>にした訳だ…」

 ワクワク感が堪らない。"素人脱税"をして難を逃れられると信じていた男が、こう
 して自分の目の前に居るのだから…。そんな男から滴る大量の冷汗は、脱税の巨額に
 比例しているかのようである。 アキラが持参した資料を元に割り出される、脱税、
 脱税、また脱税。 たった4社だけの明細確認だけで、1000万単位の脱税が発覚した
 のである。

「本宮さんはそのまま本棚の隅から隅を。山下さんと木村さんは手分けして、怪しい所
 をチェックして下さい。お願いしますよ!」
 テキパキと指を彼方此方指しながら、リーダー・アキラは的確な指示を与える。それに
 各々頷き、作業に取り掛かる。 総一郎は本棚から数冊ずつ本を取り下げ、地道に項を
 探っていった。 山下と木村も、観葉植物の鉢の下…飾られている絵画の額縁の裏……
 ガラスケースと壁との暗い狭間…天井のシャンデリア…。"灯台下暗し"にも程がある
 だろう、というくらいに次々に領収書が発見されてゆく…。

「くそぅ…」
 その度に社長の悔しさを滲ませた呻き声を発し、ただただマルサの調査に指をくわえて
 傍観するしか手立てが無い。 そして、聞こえるは、憎きアイツの声だった。

「フンフ〜ン♪ イベント主催会社コミダス…"本当"の記載内容は1500万! でも…
 "こっち"は150万〜♪ 一桁増やせば、良いってもんじゃないんですけどね…」
 運ばれてくる領収書。ほとんどが簡易的に偽造したものばかりである。総一郎が探る
 本棚からも、しおりの感覚のように、領収書が多く閉じ込められていたのである。
 一枚ずつ確認しては、書類にメモをするアキラのボールペンも、実に快調に走った…。

 作業を開始して、まだ間もないのに、30枚以上の偽領収書がアキラの元へと飛んだ。
 鼻歌を交えながらペンを滑らすアキラと、黙々と真剣に作業を進めるマルサチーム。
 元雄は、今だかつて体感した事の無い、忌々しさを感じ取り、自身を制御し切れない
 状況へと、徐々に追い込まれていった。"大グループの面目" "自分の人生" "プライド"。
 全てが、このたった4人のマルサに破壊される……。その曲がった感情が、元雄の心を
 侵す。

「くぅぅぅぅ〜〜〜〜!!! 私の…私の全てを…奪うな!!! この…国税局の若造
 ごときに…我がグループを潰されてたまるか!!!」

 刹那、元雄は自分の社長机を思い切り蹴り、怒りの感情を露呈すると、殺気の矛先を
 迷わずアキラへと向けさせる。鼻息荒し、今度はアキラが書類を整理しているテーブル
 を、両手で強く引っくり返した! 押収された領収書、国税局から持ってきたアキラの
 書類が、花びらのように空中に舞い散る。本来ならあるはずのテーブルがポッカリと
 排除されたのに関わらず、アキラはこれでもかとばかりに、冷静を装った。

「とりあえず、牛乳でも飲んで落ち着きましょうか? 無茶しますと骨折りますよ…」
 性格がものの見事に別れきっている二人。元雄はこともあろうに、アキラのネクタイを
 グッと掴む。 それでも、アキラの視線は下から上を見るような、冷たいものだった。
「私には"秘密兵器"があるのだよ…。そんじょそこらの領収書とは…格が違うのでね」
 そう言いつつ、アキラのネクタイを軽く捻りながら、グイッと引っ張る。
「脱税の次は、査察官に対する暴行ですか? …勘弁してくださいよ…。余計な仕事を
 増やすのはね……」

 呆れ顔な様子をするだけで、総一郎は他人事のように社長の動向には、あまり見向きも
 しない。 強制調査は絶え間なく、休み無く続けられた。その間も、社長はアキラに
 対して…マルサに敵意を抱き続ける。 時折、不敵な笑みを零しながら…。



 それから沈黙が続いた…。
 アキラは、よれたネクタイをそのままに、テーブルを片しながら、また書類との照合
 を続ける。他のマルサも、気持ちを抑えながら、部屋中の捜索をまだ行っている。
 …社長の元雄は、部屋の窓から昼下がりの街風情を、眺めていた。精神的に何かに
 囚われてしまったかのように、ブツブツと念仏のように呟く。

「"KA"は私の切り札だ…。"KA"は私の切り札だ…。"KA"は私の切り札だ…。"KA"は…」
 気味悪そうに、総一郎と山下と木村は元雄の念仏に耳を立てる。しかし、アキラは
 その念仏を聞きながら、何故か悲しげな…憂鬱な顔になる。

      ━━━"KA"か……。やっぱりそうだったんだな━━━…… 

「そろそろフィナーレですね…。そろそろ、あれが見つかっても良いと思うんですが…
 どうでしょう? 皆さん…」
 暗い気分を一転させ、アキラはマルサ達に促す。
「ちょっ……と、待っとくれ…。い…ま、よいしょっと…」
 総一郎は本棚の一角、背表紙のタイトルは"究極の経営術"というタイトルが書かれて
 いる分厚い本がある。しかし、いざ固く挟まれた本棚から抜け出してみると、これが
 異様に軽い。 …そう、それは本に見立てた収納ケース。それ以上は何の仕掛けも種も
 見当たらないようなので、ケースを開けてみる…。
「うわ! 何かワンサカ出てきたぞ、領収書が…」

 すると、タイムリーに別の査察官からも、声があがる。
「こっちからもだ! …ご丁寧に、部屋の隅の床に生えてた取っ手部分を開けたら…
 ほら…こんなに…!!」
 山下と木村は、数十枚は在ろう、新たな領収書の束を発見。こちらは、床に存在した
 隠しスペースからだった。裸のままの紙切れが、数多く眠っていたのである。

 すかさず、それらを一枚も逃さず、アキラの所へと提出する。しかし、山下と木村
 は揃って首を傾げる。
「発行元が同じだ……。"コーポレーションK・A"…。そんな会社…あったっけな?」
 目分量はざっと、2ヶ所あわせて50枚以上。どっさりとテーブルに積まれた同一の
 紙切れを見ながら、二人は頭を悩ませた。年数が2001年やら、2000年やら、と思えば
 今年の日付が書かれている領収書もあるのだ。しかも、どれもハンパない金額が記入
 されていたのである。反面、アキラと総一郎は、その山をジッと舐め回すように
 睨んでいた。 

 時にアキラは栗色の髪の毛を、掻き毟りながら…ショボンと落ち込む。どうやら、
 言葉も出ないにふさわしいようだ。 そしてそれを心配そうに見つめる総一郎…。

「ククク…あれ……。奇怪ですなぁ〜? きっと重要な領収書だったから、厳密に保管
 しておいたのですが…。 何せ、さっき言ったように、"物忘れ"が激しくてね…。
 ここの会社の住所が分かんないんですよ? 調べて貰えますかね?」

 嫌味たらしく、元雄は窓越しに、我が物顔で書類にチラリと目を配る。
「ちょいとお待ちを…。 ここの資料にちゃ〜んと明記して………ってあれ?」
 何度も何度も何度も、山下は持参した記載元の書類を捲り捲り調べる。が、幾ら目を
 通しても、"コーポレーションK・A"という名の会社は見つからない。

「ちょっと、頼みますよ…! ククククク…」
 もはや元雄の不敵な笑みが、マルサの勝機を包み込もうとしていた。山下と木村が
 慌てたような仕草を見せているのを、明らかに楽しんでいる。すると、言葉も出さず
 うろたえていたように見えたアキラが、重い腰を上げた。何かを決心したように…。

「そりゃ、この書類に書いてないのは当たり前でしょう? "KA"は、存在する事のない
 幽霊会社なんですからね! 恐らく…否、"確実"に"闇の者"から買ったのでしょうね。
 社長さんにとっては、程良いリーズナブルな値段でね……」
「悪いネェ。空野社長……。貴方の切り札は、この"闇領収書"かもしれませんが、私達
 の切り札は……こいつ、神山アキラなんですよ」

 アキラの肩に手を乗せ、元雄に自慢げな総一郎だが、アキラ自身の表情は冴えない。
 テーブルにあるアキラの持参資料の入っていた封筒から、別の資料…今度は紙一枚だけ
 の用紙を取り出す。 そしてそれを、アキラは元雄に手渡しで渡した。 恐る恐る、
 受け取ると、元雄はその資料を読みあげていく。



「……国税局・査察課所属、神山アキラ。君を今回の『SORANOグループ』の強制調査団
 を指揮させるのは察しがつく事であろう…。君がかつて幽霊会社"KA"の闇領収書を
 売りさばいていた少年グループの主犯格で、この『SORANO』に過去に、約6年分の
 "KA"の闇領収書を、現社長の空野元雄の秘書を通して、密売していたからだ。この
 事実は……過去に検挙された……神山アキラの取り調べで、君…本人が供述した……。
 尚、当時の検挙事件では、君の名は世間に公表されず、<少年A>という形で…報じられ
 たのは、君も知っているはずだ……………!!」

 元雄は、唾を飲み込み…アキラに隠された、彼自身の過去の姿に驚きを隠せなかった。
 非現実的な事柄なのに、それは紛れも無い真実。その真実に、恐怖を感じ、元雄は
 資料を持つ手を震えさせる。 総一郎は目を瞑り黙っていたが、山下と木村は……
 二人、顔を見せ合いながら、驚愕の表情を浮かべる…。

「そんな……! 私は…私は…踊らされていたと言うのか!! 何年もの間!!」
「いいですから……。続きを…読んで下さい…。 あぁ…山下さんと木村さんもよく聞いて
 おいて下さいよ。 この際ですからね」
 無理強いた笑顔を見せながらも、アキラの声のトーンは、下がっていた。その言葉に、
 元雄は、目を見開きながらも……がむしゃらに、読み綴る。

「…君がこうして、"マルサ"になったのも、君の中に秘められている良心の賜物なのだ
 ろう。今度は逆に、悪を更生する役柄。慣れない君をサポートしてくれたのは、言うまで
 もない…君の過去を知っている本宮総一郎だ。良心を散々、痛めつけられ犯されていた
 君を支え、立派な査察官に育て上げてくれたのも、彼だと言う事を忘れないで欲しい…」

 
 元雄が言い終えない内に、アキラは突然に、しかし静かに…社長室を…後にした。
 扉の閉まる音が…堪えし難い切なさを醸し出していた…。 総一郎らマルサは勿論、
 元雄も不意を突かれる事態になったが、それでも…元雄は責任を感じ、最後まで課長の
 メッセージを読み進める…。

 ━━でも、君は本当に辛く、仕事に携わってる事だろう。君との関わりを持った企業を
 今度は理不尽にも、君が裁かなくてはいけないのだから…。 何回も仕事をこなした君
 に、今頃になってこういった文書を贈るのは不自然なのかもしれない…。 でも敢えて
 "今頃"で、贈ろうと思う…。 『SORANO』の件も是非、使命を完遂してくれることを
 祈る…。 君の良心が絶えず磨かれる事も一緒に祈りつつ…。 査察課課長・本田━━



 元雄は読み終えると、それをキチンと折り、イソイソしく総一郎に戻した。
「私もあと30年早く、悪い事を行っておけば…今の私は……変わっていただろうか?」
 そう…悔い改めながら…。そう…呟きながら…。

「金持ちになっても、人生が楽しく過ごせる訳じゃ…無いんですよ…」
 無表情のまま、総一郎は受け取ると、置いてけぼりにされたアキラの鞄の中を探り、
 一冊の使い込まれたノートを見つけた。"KA・お得意様"と書かれた…ノート。アキラ
 の"過去が生み出した産物"の原形であった…。 それを山下と木村に渡す。
「それはだな、あれだ…。アキラの"切り札"ってやつだ。"あの時"の記録な!」
「アキラの…過去……か…」

「…ちょっと、俺はアキラを追う。あとは…任せたぞ、山下! 木村!」

 そう言い残し、社長室からフェイドアウトするかのように、総一郎は抜け去った。
 あとに残るは…ポッカリと抜け切った喧騒の余韻…。社長・空野元雄が集めに集めた
 紙切れ三昧。 それは、結局…虚しさを露にしていた…。




「いたな」
 
 アキラを見つけるのに、時間は掛からない。社長室から少し離れた所にある、休憩所
 にその姿は健在していた。マルサVS大グループの社長の対決は、若きマルサに軍配が
 上がったものの、本人は椅子に座り…すっかり落ち込んでいた。

「お前、いい加減…ピアス外したらどうだ? 国税局のイメージが下がるぞえ」
 何気ない会話から入り、総一郎はアキラの隣りに陣取った。
「あ…すいません…」
 自分の耳を気にしながら、また顔を綺麗に整備されている床に、俯かせる…。

「……」

 全く閑静な休憩所だ。

「…自分がばら撒いた飴…それを拾った人から、またその飴を取り上げる…。過去の自分
 が散々ばら撒いた罪の塊を、今の自分が拾った人から取り上げ、その人を戒める…。
 これって…僕自身も…裁かれるべきですよね?」
「あの時、"自分はまだ少年だった"という特権が憎いか?」
「…はい」


 暗いアキラの気持ちとは裏腹に、正面のこの高層ビルの窓から見える青空は、絶景だった。
 あの遠い青空は…これからの道標になってくれるのだろうか? …アキラはそんな事
 を思い、何かにすがりたい気持ちで満たされる。 しかし、今のアキラにとっての
 道標は……すぐ横にいたのだ…。あの…窓から見え渡る青空のような…道標が。

「それでもな、おい…。お前は立派な正義の味方だよ…。"今の自分"を…信じろよ!」
 少し老け顔のその人は、アキラの心底を強く…励ますように押し上げた。

「はははは…それはどうも……」
「あ、そうそう…"KA"の由来って何だ?」
「自分のイニシャルですよ…。ほら、K・Aで…"神山アキラ"…ってね…」
 総一郎は、口をタコのような形にして、軽く頷いた。
「…意外に、単純だったんだな…お前…」

「ナハハハハ……まぁ…良いじゃないですか…」



 アキラの顔が、久しぶりに微笑んだ。
 しかし、脱税には気付いても、自分の良心の強さには気付かず…
 いつまでも、アキラは…自分の心の中を殴っている……。








   fin.


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【あとがきという名の後悔】

 私がこの小説を書いたのは、本当にひょんな出来事からです。高校の実習授業で、HPビル
 ダーを使い、実際にホームページを作成するといった、実習を行いました。しかし、
 そのホームページ作成には一つのテーマ…題材が決められており、それに沿った内容の
 ホームページ作業をする形式でした。そのテーマはずばり、「税金」です。どうやら、
 税務署の税に関するHPコンテストに、自作のHPを応募するための実習だったのです。

 なら、話は早い。規約には<税に関する事ならなんでもあり>と書かれていたし……
 やる事は"脱税"だ!! …と、即決。 そして自分のホームページのコンテンツに、
 マルサ小説でも書こうと思い、一週間で仕上げた作品が↑これです…。言葉には替え難い、
 杜撰な内容。明らかに現実とは矛盾しまくりな内容。…自分の力量の無さを痛感した
 負の遺産です。 それでも、これは"最後まで書き上げた立派な短編"。 内容の質は
 どうであれ、読んで下さった皆様に感謝したいです。

 スペシャル・サンクス:この小説を一番最初に読んで頂いた、情報科のO先生。
            「中々、面白い」と言って下さり、有難う御座います。
            いろいろと自信がついた感じがします。

                     2004年 11月18日  writeen by ゴズィラ
メンテ
ファイルNo.2
日時: 2004/11/22 00:07 [フォントカラー/背景色:/]
背景画像: bgA7.jpg

<IMG src="http://www.musou.up-jp.com/gozira/img/bracelet.jpg" border="0">



【BRACELET】〜前編〜



「先生…駄目なんです…。父さんが…来ますよ…コツコツって」
 夜風にカーテンが靡く頃、一人の少年がベッドに横たわっている。定まらない視線を
 保ちながら、何も存在しない白の天井を眺めていた。すると、生きているのか死んで
 いるのか…死魚のような、これまた白く腐ったような眼の色で、病室の椅子に座って
 いる主治医を一瞬、見つめた。とても心配そうに…息遣いも酷く荒い……。
「真二君のお父さんは来ないよ…。いや、来させないよ…一生ね」
 主治医の久本は、真二を宥め続けて、一時的な不安の要素を取り除こうと、努めた。 
 でも、久本の手を握り締める手の力が、だんだんと強くなってきた。真二は、瞳を
 ギュッと閉じて、一人震えている。……何が真二を襲っているのかは、久本には、
 すぐに理解をする事が出来た。

      ━━━コツ…コツ…コッ………コツコツコツコツコツコツ━━━!!

「やだっ…父さんだ。父さんの足音がする……。俺を殺しに来る足音だ…」
 半身を咄嗟にベッドから起こし、耳を潰れるくらいに両手で押し潰し、挙動もより一層
 激しくなっていった。声が裏返り、奇声混じりの叫びが個室内に響き渡る。

      ━━━真二…!! 殺してやる…! この出来損ないがぁぁ━━━!!

「あああああぁ!!! 嫌だぁ!! やめ…止めてくれぇ!!!」
「真二君! 父さんは来ないんだぞ! もう警察に捕まったんだ!! 真二君!」

 真二の目からは涙が零れ、口の端からも飲み込むことの出来ない涎が爛れて、顎を濡ら
 す。久本が真二をどうにか落ち着かせようと、体を優しく擦っても、真二の幻聴は消去
 が利かないでいた。ベッドの横に付いている手摺り棒を辿っていたら、とうとうベッド
 から身を放ち、床に転げ落ちる。……必死に…逃げていた……。ありもしない筈の虚構
 から…。逃げれば逃げるほど、その虚構への感情は深まるばかりなのに。

「嫌だ……あぁ…刺される…父さんに………やだ…よぉ…」
 うつ伏せになってしまった体を、必死にバタつかせて部屋の隅へと、ゆっくり這い付く
 ばって行く。その様子に驚いた久本は、慌てて立ち上がるも、その拍子に倒れたパイプ
 椅子の強烈な金属音が、真二の恐怖心をさらに煽り立てた。
「真二君…私には君の父さんの姿は見えない…! 君の見ているものは、父さんでは…
 無いんだよ!! いつも言ってる事じゃないかい!」

 しかし、久本の強い訴えより、真二の心身にしっかりと染み付いている恐怖が、一枚も
 二枚も上手である。 真二のトラウマの暴走を止めようと、床を這いつくばる体を、
 久本はしっかりと抱きかかえる。抱きかかえようとした。

「うわあああ!! 父さん!! 父さん…!」
 でもそれは逆効果だった。"真二の中"では父親に攻撃されているものと、勘違いしてし
 まっているのである。久本に抱きつかれるのは、"父親"の行動を速めてしまう…。
「真二君…!」
「あ………あ…あ…俺が…何をしたって…いうの? 俺…何も…してない……よ」
 
   ━━━バカ野郎がぁ…何もしてねぇだと? 何もしてないワケねぇだろうが━━━!

 幻聴に応える真二と、それを無我夢中に抑えようとしている久本…。それぞれの思いが、
 交差する事は決してなく、別々の境地に立たされる。それがお互いにどんなに辛い事か、
 この個室にいる二人以外、誰も知る由も無い。

「駄目だ! "君の記憶"にまた殺されてしまうぞ!」
 そう言って束の間、悲しくも真二は今まさに、その"自らの記憶"に殺されようとしている。
 残念ながら、そこまで行くと、久本も…諦めるしかない。真二の幻聴が作り上げてしまった
 見せかけの悪夢に完全に取り込まれてしまっていた。
「ああ…あああ!! あ…ぐっ…ああ!!」
 真二は大きく体を反らせて、力一杯に"痛み"に耐えている。その瞬間に、久本は真二を抱き
 締めていた力を緩めると、その場に力無く尻餅をつく。"自分は何て無力なのだ…" そう
 奥底で呟きながら…。
「あ……あぁ…父さん……痛いよ…」

   ━━━次は背中か? 手か? それとも腹かぁ? んぅ?━━━

 父親の狂気の問い掛けと共に、真二は自分の体に刺し込まれる刃物が、血と絡み合う音が
 聞こえてくる。実際に刺されている訳でもないのに、刺された箇所を震え続ける両手で、
 塞ごうとしている。 そしてまた…       ━━━グチャ…ァァ

「あ…いっ!!? ひっ…ひっ………あ…ぅ…」
 体をビクリと跳ねさせながら、それでも真二は相変わらず"逃げている"。力を振り絞って
 膝立ちをし、部屋の外側の窓枠にしがみ付く。震えでまともに言う事を聞いてくれない、
 手で窓の施錠を外そうとするも、とうとう父親にトドメを刺される。
「真二君……すまない…本当に…」
 思わず久本は、歯を食い縛り、目を背けた。

   ━━━ク……ハハハハハハハ!! そんな体になっても逃げるのか?━━━

 嘲笑いの後、自らの背中にドスリと、"鈍い音"が飛び込んでくる。
「ぅぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ」

 真二が弱い呻き声を上げれば、窓枠にしがみ付いていた力は完全に抜けてしまった。
 自分は"父親に殺された"と脳内で勝手に思い込んでしまい、それを無意識に現実に
 取り入れようとしている。膝立ちしていた体は壁を伝いながら、滑り落ちる。口が
 ピクピクと痙攣を起こし、生気の萎えている瞳からは……歯止めが利かない、雫が
 床の埃で薄汚れた頬を濡らす。それらは全て、彼の精神内部の悲惨さを物語っていた。

「ぁ……ぁ……ぁ…………………ぁ………」
 弱いながらも、延々と続くように感じられた呻き声が止むと、真二は心なし、安楽
 というものを覚えた。フッとほんの僅かながら、笑みを零し…最後に呟く。
「………これで……皆に……会えるかな……?」
と言っても、殺された他の家族に会える事はなく、真二の意識は遠く運ばれるだけ。
 苦しみからの一時的な逸脱に過ぎない。 でも…それが嬉しくて……楽しみで……
 自分は間違いなく、"皆に会える"と……。願いを朦朧としていく意識に託しながら、
 ゆっくりと…目を閉じた…。 
「きっと会えるさ……」

 倒れている真二を抱き起こしながら、久本は真二が、あくまで"夢の中"で良い一時
 を過ごしているのを切に思う。失ってしまったものは帰ってこないけれど、"せめて
 夢の中だけでも彼に平安を…"。"失ったものに会えますように…"。 ベッドに真二
 の体を戻しながら、心の中で久本は強く嘆願したのだった。



「久本先生! 久本先生! 今…真二君の個室で……」
 真二が眠っているのを確認し、久本は一旦、個室から病院の廊下へと出る。そこに、
 今更ながら駆けつけて来た、看護婦と鉢合わせをした。
「ん、いやいや大丈夫だ。丁度、治まって寝ている所だ…まぁ、朝まで起きないだろうね」
 自分の時計は夜の11時25分を指し示している。それを確認しながら、彼女と一緒に
 歩き始めた。久本の口調が落ち着いているのが分かり、看護婦は胸を撫で下ろす。
「今日……真二君のお父さんの一審判決が出たそうだね…」
「えぇ…求刑通りに、死刑判決だそうです。勿論、弁護側は控訴するそうですけど」

 真二の父親は、殺人犯である。極度のアル中で、今から約9ヶ月前のある晩、酔った勢い
 で真二の母親・弟・祖母を包丁でメッタ刺しにして、殺害してしまった。当時16歳だった
 真二も、腕や腹や足などの部位を刺され、重傷を負った。事件から3ヵ月後、真二の傷
 は全快するも、事件への"精神的ショック"が癒える事は……到底不可能だった。
 病院は病院でも、ここは精神科病院。真二は彼此、入院して半年になる。そして、久本は
 そんな彼を手助けする専属の主治医…。 ……そんな彼には…大きな大きな…夢がある。 

「私は…今まで、全身全霊…彼に尽くしてきたつもりだったのに……それでも…真二君は
 "お父さん"が頭から離れる事は無いんだ…。どんなに私が彼の名前を呼んでも……ただ…
 ……泣き叫んでいる。 それを救うことの出来ない私は…一体…何なのだろうね…」

 廊下の窓から見える闇夜に浮かぶ海原を、久本と看護婦は足を止め、眺めていた。
 悩んで悩んで、荒れ狂う己とは裏腹に今夜の海も、相も変わらず憎いほど穏やかに、波を
 打つ。夜更けに入ろうとする日常が…久本の体をも蝕もうとしている。

「"将来のお父さん"が何を弱気吐いてるんです? 何事も根気よくですよ!」
 軽く茶化したような言い草で看護婦が言うと、久本の顔は紅潮して行く。
「な…? い、いや…まだ、決まった事ではないじゃないか…。私の妻は"受け入れ万端"
 だけれど……真二君にはまだ一言も話しては無いんだぞ?」
 裏返り交じりの焦ったような口調は、彼の精一杯の照れ隠し……にはなって無いようだ。
「でも喜ぶと思うな〜……。真二君、久本先生に大分優しくして貰いましたしね♪」

 否定したいけど嘘じゃない。親元の無い真二君を救いたいという思い…。結婚して20年…
 年は既に48歳。子宝にとうとう恵まれる事の出来なかった、そんな時……何もかも失った
 真二を実の息子のように愛した事……。それらの要素が直結して、久本自身に"一つの夢"
 を育ませている。

「……私は何だってやるさ。真二君の為なら…何だって…。寂しい時は慰め…一緒に笑ったり
 話したり……。彼の父親が出来なかった…やらなかった事を……"私がやるんだ"!!」
 遠い、遠い水平線を見据えながら、48歳ながら"遅咲きの父親"になろうとする決意を…
 密かに体の横で作った握り拳に、精一杯こめる。

「それじゃあ! 思いを新たに……明日の真二君の誕生日………どうしましょ?」
 久本の堅実な眼差しに、看護婦は微笑みながら、威勢良く声を加えた。結構、このように
 不意を突かれるような発言をされると、"あっ! しまった"と言いながら振り向くもの。
 だが、久本にはそんなセオリーは皆無である。看護婦のフリに動じず、高笑いしながら、
 腕を後ろで組んでいた。
「私が真二君の誕生日を忘れる訳無いだろ。どうするもなにも……ちゃんと用意はしてある
 よ……ただ…」
「ただ……?」

 刹那、二人の会話以外、何の音も存在しない廊下に、力無い声が響く。…真二の個室だ。

   ━━━先生……久本先生…? ……先生…!━━━

 明らかに怯えていて、悲しげに震わせたその声は…言うまでも無い、真二の声であった。
「真二君……」

 真っ白になっていく理性を掻き集めながら、突発的に久本は、自分を呼ぶ真二の元に、
 大急ぎで駆ける。距離は大した事が無いはずなのに、それは果てしなく続くマラソン。
 心配すればする程、個室までの道程が、長くなっていく…。看護婦も、突然すぎる出来事
 に躊躇しながらも…本能的に久本の後を追った。

「どうしたんだ! 真二君!」
 個室に駆け込んだ時には、久本の息は変に荒々しく変わっていた。でも、真二がベッドの
 布団に体をちゃんと包ませているのを確認すると、口元で軽く笑んでみる。
「あぁ、良かった。先生…さっきまで居たのに……急に居なくなるんだから…」
 真二も久本の姿を確認すると、薄笑いしながら天井を仰ぐ。そして、久本が先程のパイプ
 椅子に凭れ掛かるのを見て、"ハァッ…"とワザとらしい仕草をしながら、溜息を吐き出す。

「何だか、見る度に先生の白髪が増えているような…」
 
 ズルリとこれまた大袈裟に、久本は自分の体を椅子からずらしてみる。
「な〜にを言ってるんだね! ……こう…なんていうのかな……実にダンディーじゃないか!
 いぶし銀だろ…?」
 根も葉もない、よく分からない冗談。それでも真二は大声で笑った。それは何物も混ざっ
 てはないであろう、無垢な笑顔だった…。しかし…表情は直ぐに切り替わり、打って変わ
 って、真二はショボンとしおらしくなっていく。
「先生…ゴメンなさい。……俺、どうしても、"父さん"が頭から離れないんだ……。その…
 纏わりついてるというか…。だから……怖くなって……恐ろしくなっちゃって…………。
 だから…!! ……あっ」

 久本は真二の言葉を遮るかのように、母親譲りの栗色の髪の毛に、ソッと手を置く。
 フワリとした不思議な感触が掌に直に伝わる。少し、目を潤ませながらも…やっぱり
 真二に優しく微笑みながら……うん、と頷いた。真二はというと、やはり吃驚したの
 だろう、見開いた眼で、久本を捉えている。

「…大丈夫……大丈夫……。私が…こうして傍に居るから……。安心して、ゆっくり眠れば
 いいんだよ?」
「………はい……」

 きっと…その時、真二は今まで感じなかったものを…しみじみと噛み締めるように味わっ
 たのだ。久本の掌の温もりが…今までのものとは違う、等身大の温かさのように感じら
 れた。 自分の不安を忘れさせてくれる……包み込むような……久本の掌。

 真二にはもう、何も恐れる事はない。不安を掻き立てる必要もない。もう一回だけ……
 久本にニッコリ微笑めば、自分の全てが優しさのベールに守られて……安心して、"夢"を
 見る事が出来るような気がした。 髪の毛に触れる掌が、ほんの少し、くすぐったかっ
 たけれど…真二は変わらず久本に笑いかけながら、ゆっくりと…………瞳の上の目蓋を
 閉じる。



「…………眠りましたか?」
 徐に看護婦が、室内に忍び足で入ってきた。寝ている真二の姿を確認すると、"よかった"
 の一言を呟きながら、久本の傍らに立った。
「良かったよ……安心してくれたようで……」
「これでもう、立派なお父さんですね!? いつでも大歓迎ですね!?」
「……おい…おい…」
 ガックリと頭を抱えながらうな垂れる久本をヨソに、看護婦は思い出したかのように、手を
 ポンと合わせている。
「あ、そうそう…先生。さっき言いかけた用件は、何でしたか?」
 うな垂れていた頭を持ち上げながら、今度はちゃんと真面目な様子を見せる久本。
 "そうだった"と思いつきながら、とりあえず一呼吸を置いてから喋り出す。

「ケーキ……。プレゼントはもう用意してあるんだが……。良いケーキ屋が見つからないん
 だよね」
「あぁ! それでしたら、私の高校の同級生で一応、ケーキ屋で働いてる人が居るんですよ! 
 腕も中々のものですから、その人に頼んでもいいですかね?」
 突然の朗報に久本は、心躍る。
「本当かい! 何だか妙に都合が良すぎる気もするが……任せて貰うよ。…って、もう夜の
 11時30分を過ぎてるんだけどね」

 一抹の不安を覚える久本だが、看護婦は制服の胸ポケットから、電源が切ってある携帯電話
 を取り出すと、ニンマリと顔を綻ばす。
「勿論! "叩 き 起 こ す" までですよ! それじゃ外に行って、電話かけてきます」
 "イソイソ" "チマチマ"とした事は、彼女は好まない。思い立ったらすぐ行動に転じるの
 である。鼻歌交じりの陽気な調子で、真二の個室から一目散に飛び出て行った。

 行動力に圧倒されていた久本は、廊下に向けていた視線を真二に戻し、寝顔を見る。
 彼は、明日が自分の17歳の誕生日だということをを憶えているのだろうか? …きっと、
 それは遠い遠い昔に捨て去られてしまった、記憶。 思い出す事もままならなくなって
 しまった、真二の傷ついた記憶の片鱗が固まっている。

 それでも……久本は味わって欲しかった。どんなに父子共々、仲が悪くても…年に一度の
 "Happy Birth Day"は宝物なのだ。誕生日の朝、真二は今まで、食卓で酒浸りの父親しか
 見ていなかった。勿論、その酒は…家族の生活費そのもの。……プレゼントなんて……
 貰った事は無い。…物心が付いた頃には、顔の赤い父親がいたのであった……。



「"真二"……。 君は私を受け入れてくれるだろうか……父親として…君の……柱として」


 ━あと数時間で17を迎える少年の顔を、何処か遥か彼方の存在のように察しながら、私は、
 それでもかと、真二の手を大事に握り締めている。もしかしたら、自分の本心をぶちまけ
 たら、それこそ牽制されてしまうかもしれない。……でも、明日……ハッキリと言おう。
 だから…責めて…君の疲れきった心を傍において、楽にさせてあげたい。今夜だけ……。
 もう……これが最後になってしまうかもしれないのだから━━…

「あぁ……ひょっとして、ひょっとすると…私は本物の馬鹿者なのかもな」

 ふと…個室の窓に耳を傾けたら、海から聴こえる潮騒が……美しいセセラギだった……。




                               next page......
メンテ
ファイルNo.3
日時: 2005/02/23 02:51 [フォントカラー/背景色:/]
背景画像: bgA7.jpg

【BRACELET】〜後編〜


     ━━━とても……とても……白く霞んでいて…不思議な夢だった━━━……

 場所は俺の家、俺の部屋、俺のベッド。目を開けて、見上げれば陽光に天井が煌びやかに
 映えている。信じられないくらい、閑静な朝だ。いつもなら……いつものことなら、父さん
 の酔った叫び声と食器が割れる音が……俺の脳髄と精神を狂わす。…でも、それが無いん
 だ。紺色で、黒い線の縦じまが入った着慣れたパジャマのまま、俺は何かを疑うかのよう
 に下のリビングに通じる階段を降りて行く。

 近づくにつれて、NHK・「おはよう日本」のニュースの声量が大きくなっていく。
 "今日も、全国的に秋晴れが広がるでしょう!"って…。俺は思わず、階段をリズミカルに
 降りて行った! 何だか、生まれて初めてだと思う…。朝がこんなにまで気持ち良いなん
 て…。 階段を完全に降り切れば、リビングはすぐ目の前だ……。 

 そう……それはすぐ目の……





「おはよう、真二……。昨夜はよく眠れたかい?」


 



 そこにはいつもの父さんは居ない。 でも、刹那…俺は胸からこみ上げて来るのを、
 抑える事は出来なかった。カラフルなテーブルクロスが整えられている、テーブルに…
 その人は……確かに座っている。


「久本…先生…?」 


 
 まどろむ目を擦りながら驚く、俺の全てが浄化されるような……温かさ。
 屈託の無い純粋な瞳は、確実に俺に対しての微笑みだった。あっけらかんとしている
 俺は、体が無性にビクつき、テーブルに近づけないでいる。 でも突っ立っている俺に、
 久本先生はもう一度目を細める。

「どうしたんだい? …何も遠慮する事はないんだよ! こっちに来なさい…」

 その呼びかけに俺の足は恐る恐るだが、久本先生に寄る。テーブルの向かい側に、俺が
 そっと腰を下ろすと、久本先生は徐に立ち上がり、キッチンへ。すぐ戻って来たと思った
 ら、俺の眼前に……二つの皿が置かれた。二枚のバター・トーストの入った皿が一枚。
 目玉焼き、ウィンナー、ポテトサラダが盛られた皿が一枚。久本先生の場所にも、同じよ
 うに盛り付けられている皿が二枚ある。

「それじゃ……食べようか……」

 二人手を合わせ、"いただきます"。俺はトーストに齧り付くが、久本先生は…自分の食事
 に手をつける事無く、俺の食べっぷりを覗っている。ちょっと…恥ずかしいな……。
 
「ねぇ…久本先生は食べないの?」

 俺の問い掛けに…久本先生は、"ワハハハハ"と、お得意の高笑いを連発している。

「先生…? 私と真二は立派な親子じゃないか!!」






      思わず……手に添えていたトーストを…クロスの上に…落とした……






 心臓が飛び出るくらい、ショックを受けた反面……俺の居場所がやっと見つかったと…
 安堵感を得た。俺はやっと…やっと……"ごく普通の日常"を…手に入れることが出来た。
 理由なんて要らない。だって、久本先生が…俺の父さんになってくれた…。テーブルクロ
 スの向こう側、確かに俺の父さんが居た。 俺の全てを認めてくれて…優しくて、気さく
 で…いつも……笑っている……大事な父さんなんだ。





      夢ダトワカッテイテモ……夢ダケデハ、オワッテホシクナイヨ……






「真二、何で…泣いてるんだい!? 悲しい事でもあったのか?」

 洗面なんてしてもないのに、俺の顔はグシャグシャになっている。 あと数時間もすれば
 俺は病院のベッドの上で横たわっている。 この一時に過ぎないフィクションが、どんな
 に悲しくて、辛い世界なのかは…俺が一番良く理解している。 …笑ってしまう……。
 実際に…久本先生が、俺の父さんになる訳でもないのに…。 俺は…一瞬だけでも、現実
 に戻りたくないと訴える心の叫びが、嫌味に聴こえて非常に憎かった。 

 それでも……

「"父さん"……。ううん、何でも無いんだよ! 父さん! さ、早く食べよう?」 



      俺は初めて…笑いながら…"父さん"と呼ぶ事が出来た…… 



「はは……! うん、それじゃあ、食べような!」


 今度はお互いの食べている姿を、見合いながら…。 口に物を含んだ姿を見合いながら、
 "父さん"と俺は、プッと含み笑いをする。何気ない日常。変哲の無い日常。
 …そんな日常が……始まろうとしている。



       "そうだ! 父さん、俺……バイトがしたいんだ!"

    "う〜ん…そうだなぁ……家の家事手伝い、時給300円ってのはどうだ?"

              "何だよ、それ……?"

            "ワッハッハッハッハッハ!!"
                  
                  ・
                  ・
                  ・









「あっ…………」

 差し伸べた右手には塵一つ、手応えは無かった。ポトリと涙の粒が、枕元に落ちた音で、
 ふいに目覚める。やっぱり其処は、真っ白い個室の真っ白いベッドの上。分かってはいた
 けれど、逃げ出した小鳥を捕まえ損じた気分に駆られる。…でも、今回の夢は特別。
 真二は…勝手に自分の脳が、久本を父親に見立ててしまった事を照れ臭そうに、赤面を
 する。 白く霞んだ日常は…言うまでも無い壮麗だったのだ。
 頭がグラグラ。変な脱力感が、折角の良い夢で気分最高な気持ちを、阻害する。手で目を
 覆い、勢い良く離すと食事用の小さな台がベッドを跨いでいるのに気付く。

「そうか…もう、朝御飯の時間なのか…」
 
 弱く、小さく、名残惜しそうに残念がっていても仕方が無い。とりあえず、自分の心に
 存在する辺境の地に、寂しさを押し込みながら…まだ朝一で、元気の無い体を押し上げる。
 きっと台の上には、栄養バランス抜群の無表情な病院食が待っている。

「ん……?」
 ……世界が変わっていた。 食事用の台の上には、蒼いリボンが添えられている白くて
 大きな箱が、一つ…ズシンと乗っかっている。いつもの光景は、台の上には無かった。

「誕生日、おめでとう。…真二君…君は今日、17歳になったんだ!」
 綺麗に整えられている白髪頭のその人は、いつものように…個室の椅子に座っていた。
 真二は状況が分からず、口を半開きにして、久本の嬉しそうな表情にすっかり囚われて
 いるのであった。………。


 



 俺の誕生日…? そっか、誕生日か……。今日、この日が…俺の誕生日なんだね…。

「朝からケーキは、ちょっと辛いかな?」
「えっ!?」

 リボンが紐解かれ、箱の中身が正体を露呈する。そして開かれば、それは大きな…大きな
 苺のショートケーキ。スポンジの生地に苺が挟まり、全体が"白いパール"で被せられる。
 上には円を描くように、配置された大粒の苺の行進が連なっている。無個性な部屋に咲い
 た一つのファンタジーは、俺に非現実的な匂いを香らせる。

「先生……。いつもと違って、随分…豪勢な冗談だね」
 俺の言葉に、先生は身を乗り出すと、俺の頭を軽く叩いた。
「ワハハハハ! きっと頬をつねってもこれは夢ではないぞ! …ホラッ!」
 今度は俺の頬を、先生はつねる。……成るほど、こりゃ痛い。夢と思いたくても、はっき
 りとした現実だった。俺は急に、ワクワクしてきて……ちょこっと、ケーキのクリームを
 指に付けて、そのまま口に運ぶ。
「………うわぁ……甘い!」

 ケーキなんて…味はもうとっくに忘れていた。さっぱりした甘味が口一杯に広がって、
 俺の芯の底からは、突風が巻き起こる。 
「…フォークと皿なら台の上にあるから、好きなだけ食べればいいさ」
「ありがとう…先生! …俺さ……誕生日なんて…"知らなかったんだ"…」



 彼は苦笑いしながら、柔らかいスポンジにフォークを入れ込み、適量を取る。彼の笑顔は
 まるで、暗い過去が埋もれているようである。"忘れていたのではない"…。"知らなかった
 のだ"…。まるで黒板消しか何かで、雑に消されてしまった…悲しい真二君の襤褸の果て。
 知ることは許されなかった。知る必要のあるものを、彼には知る権利はなかった。

 私は初めて気付いた、真二君の抱く悲しさに…打ちひしがれている…。
 そして、彼は……笑いながら…泣きながら……ケーキを口に運ぶ。"おいしい…おいしい"
 と眼で笑いながらも、彼から溢れる涙は……もう止まる事はないのだろうか…。

「なぁ……先生? おいしいから…おいしいから……一緒にさ……食べて…欲しいな…」

 コトリとフォークを皿の上に置いて、それごと私に差し出す。彼が向ける、泣き笑顔が
 どれだけ、私を追い詰めていくのか…。はち切れる思いで、私は咄嗟に傍に寄る。
 片手に小さな紙袋を引っ提げて、私は…思い切って真二君のベッドの傍に寄る…。

「ケーキは…後で、一緒に食べような! あと、君の誕生日を祝って…もう一つ…」
 紙袋から丁寧に小さな黒い箱を取り出すと、それを真二君に渡す。



「先生…これ? 俺に?」
「あぁ! そうだよ、君にプレゼントさ…。私からの気持ちだ」
 俺はそう言われて渡された、四角い箱をマジマジと見つめる。箱を見つめていた視線を、
 上げれば先生がコクリと頷く。それに俺は、下唇を噛み締めながら…箱の上蓋を開けた。
 さらに薄い包装紙を剥がせば、俺の口からは…もう何も出て来ない。

「…シャルーナ…! シャルーナのブレスレット……!!」
 雑誌だけに閉ざされていた物が、今…俺の手中に閉ざされた。高級アクセサリーブランド
 ・シャルーナの最新シルバーブレスレット…。鷲の刻印が所々に彫られている、そのディ
 ティールは俺の憧れでもあった。

「私が以前、個室を訪れたら、君がさ…雑誌でそのブレスレットの写真の載ってるページを
 飽きるんじゃないかってくらい…眺めてたから…。 …嵌めてみてくれないか?」
 興奮覚め止む事の無い感情を後押しするような、先生の言葉。その言葉に甘んじて、ブレ
 スレットを右腕に装着する。照れ臭さ半分、嬉しさ半分、ハーフ&ハーフの胸の鼓動が
 一気に大きくなった。
「ありがとうございます……。でも…やっぱ自分には…」

 "何だ、似合ってるじゃないか…! やっぱり買って正解だったよ! ハハハハハハ"

「似合ってる…?」
 似合ってないですよ、と言おうとした俺が何だか情けない。自分がどれほど、自信を失って
 いたかを知っていたから。そう言おうとした自分の心情の狭間に出来た溝が、笑っていた。
 そんな嘲笑いを吹き飛ばすように、先生はさらに大きな笑い声で俺を励ましてくれた。

 俺を救ってくれるのは、いつも久本先生なんだ。だから…俺には…先生が必要だと思う。
 あの"夢"のように…先生と離れるのがイヤだという歪んだ理性を持ち続ける俺が、どうし
 ようもなかった。 でも、このブレスレットのように…綺麗になりたいから…輝けるよう
 になりたいから……今は…先生に甘えても良いよね? 歪んだ理性では無いと信じたい。
 俺を"この憧れのブレスレット"のようにしてくれるのは……久本先生しかいない…。

「先生…ありがとう……。って、普通にコレ…高かったでしょ?」
「なぁ〜に! 君が嬉しがっている顔を見たら、"元"が取れたような気がするよ」

 腕に嵌められたブレスレットを弄っていたら…先生に…"俺の夢"を全部話せるような気が
 した。俺は…笑っている先生の掌を…自分から握り締める。自分から…というのは、初め
 てだから、先生も唖然としていて、驚いているみたいだ。…それでも話そうと思う!

「ちょっと…寝ている間に……嬉しい夢を見たんだ!」
「ほぉ…どんな夢だったんだい?」
 一息吐いて、喋り出す。
「俺の家のベッドで目が覚めて…それで、下からニュースが聞こえてきたから、降りていった
 んだ! そしたら…リビングに……久本先生が居たよ…」
「へっ? 私が…? 君の家のリビングに?」

 先生の驚きは、さらに水増しされた。きっと、この後も…。

「それで…先生は言ったんだ…"私と君は立派な親子じゃないか"ってね…。 嬉しかった。
 夢だけど…先生が…父さんになってくれたんだ!! で、一緒に朝御飯を食べたよ……。
 恥ずかしかったけど……こんな…嬉しい事は…ないさ…。俺の"父さん"だったから……」

 言えた……。言えたと思ったら、今度は嗚咽交じりの端たない泣き声しか、俺の喉からは
 出なかった。"きっと叶わない夢"を、吐き出せたらと思ったら…切なさしか残らなかったよ。





「そうか…そうだったのか…。私は…君のお父さんだったのか……。……ヨカッタ…」



 時として、神様は悪戯好きに変貌する。私がどうしても、言いたかった事…そのタイミング
 が見当たらない中…真二君にも、夢を……与えてくれた。いや…それは…あくまでも、真二
 君が抱き締めている気持ちそのものだと信じたい。私を望んでいてくれているのだと、そう
 抱き締めていることを願いたい…。

      しかし彼は私に素敵な夢を語ってくれた。

 今の私なら、そのお礼にと言わんばかりに、ハッキリと言えそうだ。"私の夢"も、今の真二
 君…真二になら、通じる筈だ。泣いている彼の背中を擦りながら……そして、私は笑いなが
 ら……そう遠くない、手を伸ばせば届く夢を……真二に捧げよう。



「よし! 私が君の涙もチョチョ切れる、とっておきの話をしようじゃないか!」
 真二の折り曲がった背中を優しく撫でていたら、真二が久本を見ながら、首を傾げた。
「とっておきの話……?」
 "うん、そうだよ"と……久本は、真二の肩に手を添えながら、"夢"を語る。

「実はだな……。もう少し落ち着いたらな、君を━━━━━━━━━━……」










      夢ダトオモッテイタケド、夢ダケデハオワラナカッタヨ……









 個室のカーテンの隙間からは……真二の夢の中に出て来たような、全ての悲しみを拭い去る
 純粋な光が…二人を温もりで一杯にさせていった。


 真二のブレスレットも光を受けて、すぐそこまで迫っている夢を…展望している…。












                                   fin.



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【あとがきという名の切腹】

また一つ、素晴らしい駄作が出来上がりました。やっぱり、小説って難しいですよね。
それでも…それでも、精一杯書いた、今回の作品。如何でしたでしょうか? 
誰しも、父親という大黒柱には、ついつい理想を膨らましてしまうものかと感じます。
私もそうなのです。余りにも理想からかけ離れている! と思えど、それはやっぱし、
無理な話。 でも、私は小説という表現を用いて、必死に理想の父親を描きました。
何事にも優しく、絶え間なく明るく、それでいて…誠実な父親…。 そんな私の抱かん
とする、父親像をお送りしました。

そして、イマイチな出来で本当に申し訳ないです。 そんな作品でも、最後まで読んで
頂き、有難う御座いました。


                     2004年 9月25日  Writeen by ゴズィラ
メンテ
ファイルNo.4
日時: 2005/02/23 02:49 [フォントカラー/背景色:/]
背景画像: bu_yakei2.jpg

<IMG src="http://www.musou.up-jp.com/gozira/img/top.jpg" border="0">








【SMILING】








         外は真っ白な雪が、空からフワリ、フワリと舞い落ちている。

 それは街のネオンに程よく照らされ、ケーキの上に降り掛けられる粉砂糖の様である。
 この神秘的で、心が解きほぐされる風景を、少年は病院のベッドに横になりながら食いつく
 ように見ていた。 
 
 今宵は、〜Holy night〜 聖なる夜を迎えた。 12月25日のクリスマス、街中では若い男女
 が練り歩き、それぞれが互いの愛を誓い合い、響き合わせていた。

「…………」
 少年は遠くに見える、ライトアップで電飾された摩天楼に想いを馳せていた。人工呼吸器を
 取り付けられた線の細い体は、誰が見ても弱弱しく見て取れる…。彼は今、原因不明の病気
 に冒されていた。

ALS (筋萎縮性側索硬化症)

 彼の病気名である。字に書いて理解できる通り、"筋肉が萎縮していく病気"。少年の場合だ
 と、もっと"タチの悪い"ものだった。ALSと判断されたが、それとはまた違った、筋肉萎
 縮性の病気なのかもしれない。普通ALSは発病してから、3〜5年で寝たきりの症状を起こす。 
 しかし、彼は発病から僅か3ヶ月で最悪の状態に達しようとしている。

 食べる事も出来ず、話す事も出来ず、満足に体を動かす事も出来ず……そして…呼吸も自力
 では出来ない……。筋肉がどんどん"萎縮"していくのだから。しかし、少年には究極のポジ
 ティブ精神が備わっていた。この絶望的な危機に瀕している中、彼は夜景を見ながら、優し
 く微笑んでいる……。


━━━あぁ……今日は何て街が綺麗なのだろう……何て美しい━━━…

━━━皆、来ないかな…? 俺は早く、皆に逢いたい━━━ 

 口では言えずとも、心の奥底では自分の感情を最大限に表現できた。
 彼の澄んだ湖ともいえる青き瞳にも、確固たる不屈の意思が秘められている…。


理不尽な棘(とげ)が俺を襲おうと……俺はそれでも…

━━━それでも! 俺は……”今を生きている”━━━!!

 そう、"生きているのに理由はいらない"。確かに少年は生きている。余命まで宣告された
 のに関わらず、自分は"生きていられるのだ!!" 自分がこうして、美しい夜の摩天楼を
 眺めていられるのも、"生きているから"。少年は目を潤ませ、心躍らせた。

"ピッ……ピッ……ピッ……"

 人口呼吸器の機械音が、一定のリズムで静寂の空間を支配していた。しかし、その静寂は
 実に呆気無く、打ち破られる。
「おっす!! 隼人、メリクリ!!」
 個室のドアが勢い良く開かれた。同時に、少年と同世代と思われる若者、5人程が押入る
 ようにズカズカと入室してくる。それぞれが手に沢山の手荷物を持っていた。

━━あぁ……皆………━━

 突然の嬉しい訪問に、胸一杯になっている少年を囲むように、若者達は部屋に備えてある
 椅子に腰掛ける。…若者達は、少年が所属する剣道部の仲間であった……。
 少年の名は、<隼人>という。隼人は高校2年生の17歳。高校剣道の夏の全国大会に出場し
 見事、団体優勝した…。ここに来ている若者は、その時の団体メンバーと、マネージャー
 であったのだ。

 しかし、大会が終わって1ヵ月後、今の病に倒れてしまったのだ。
 まだ17歳。やりたい事はまだまだあった筈。しかし彼を、仲間達は精一杯に彼を励まし、
 手を尽くして労わる……。 隼人にとって、"生きよう"と想うもう一つの理由…。
 それは、仲間の熱い気持ちは無駄には出来ない、という事。
    
 ほぼ毎日のように病室に来る仲間達………。自分の為に来てくれる仲間達…。
 動けなくなった自分を見捨てるどころか、より一層励ましてくれる仲間達…。
 そんな仲間達の為に、彼が誓えるのはただ一つ━━━…

精一杯、最後まで行き抜く

 それが隼人が出来る仲間達への恩返しである。 だから彼は"笑っている"事にした。
 自然な笑みを浮かべ、心の中で大声を出して笑う……。それが今の隼人の姿である。

「そうそう、全国大会の"ウチラの出た試合"の模様……。テープに編集してもらったの、
 やっと出来たから持って来たんだ! 一緒に見ようぜぃ!!」
 一人の少年の促しに、隼人は微笑みながらコクリと頷いた。
「聞いてくれよ、隼人! 剛司のヤツさぁ、報道部の連中脅して、無理矢理作らせたんだぜ!」
「ちゃうで! 脅したんやない! ただ…そいつらの胸倉掴んで……」
「脅しじゃん!」

"アハハハハハ……!!"

 個室に響く温かな笑い声が、隼人の中に心地良く浸透していった。 隼人も彼らと一緒に
 "微笑んだ"! 潤む目を細めてソッと微笑んでいたのだ。
「あっ…そうだ! 隼人にね、クリスマスプレゼント!!」
 そう言って、剣道部のマネージャーである少女は、持ってきた紙袋から、1枚の白い
 セーターを広げた…。
「私ね、隼人の喜ぶ顔を見たくて一生懸命…編んだの!」



━━━……陽子……━━━
   
隼人は心の何処かで、彼女の名前を呟く。
   
「う〜らや〜ましぃなぁ、隼人!! …今度、ワイのも編んでな!」
「嫌よ! もしあんたが事故に遭ったとしても、編むもんですか!」


━━━……剛司……━━━

隼人は心の何処かで、彼の名前を呟く…。

 そして隼人は……自分の歯車を錆び付かせるキッカケとなった…あの日を思い出した。
 陽子と剛司を眺めている度に……隼人は…自分のの引出しから、"あの日"を…取り出す。















━━そう言えば…あの時……倒れたのも…二人の目の前だったね━━















 高校の剣道場も9月の夕陽に当たり、紅く燃える頃…俺と剛司も、激しく燃えていた。
 皆が帰宅して一時間が経ち…俺たちの一騎打ちとなる対戦は、この日既に、二桁に及んで
 いた。それでも、一戦…一戦が楽しくて仕方が無い。 全国大会で優勝してから、益々、
 剣道というスポーツが俺の元気印になっていった。 不思議だけれど、息を吐く音が
 荒々しさを増すものの、今は全く疲れは感じない。それは剛司も同じだろう。

 勝負の方式は一本先取だから、斬られたらそこで終わり。二本目はないのだ。

 陽子も今となっては、マネージャーから審判となり、飽きもせずに俺達のガチンコを、
 静かに見守ってくれている。
「隼人も剛司も、最後の最後まで気を抜かないでよね!!」
 と…彼女の怒号が三人だけの道場に、けたたましく鳴り響く。
 願わくば…この取り組みが一生終わらないで欲しい……。ずっと、ずっと…剣道をやり
 続けたいのだから…。 
 

「もろたでぇぇ!! 隼人、敗れたりぃ!!」
 胴への攻撃が空振りとなった途端、ふいを突くように、上から剛司の怒涛の反撃。
 竹刀が俺の面を捉えようとしている。
「いい表情してるな、剛司! …だが!!」
 剛司の鬼気迫る顔は、すぐ目の前である。俺は素早く、床を左足で蹴り上げて、後退。
 そして剛司の竹刀も空を切る。……お互いが見合い、対峙する状況にへと変わる。

「そろそろ…ケリつけよか! この一瞬やで!!」
 竹刀を俺に向け、高々と"決着宣言"をかました。俺だって、次の剣の交えで剛司と、
 今日の大一番の決着をつけたい!
「しゃあぁ!! 行くぞ…剛司…!!」

 対角線上に睨み合っていた俺らは、息がピッタリ合ったように同時に駆け出した。
 竹刀をしっかりと構え、徐々に二人の距離を縮めていく。…二人の影が重なる……。

「隼人ぉ!! 覚悟ぉぉぉぉぉ!!!」
「剛司! 悪いが……斬らせて貰う!!」
 間合いが詰まったところで、剛司が竹刀を大きく縦に振るう。と、俺は出来る限り、
 身を低くさせる…。 互いのすれ違いざまに全てが終結しようとしていた。

「めぇぇ〜〜〜〜ん!!!」
 "鬼神"が勝利を確信したように、大きく吼える。
「甘いな! 胴体がガラ空きだぜぃ!」
 低く屈めた状態を保ち、前に構えながら、竹刀を床と水平になるように真横に寝かせる。
 そのまま体を横移動させると、俺の竹刀が剛司とすれ違う時、良い具合に奴の胴を
 捉えた! 

"バシィィ――――ン!!"

 手応えをそのままに、一気に剛司の胴体を一閃させる。まるで平原での決闘を終えた
 ように、二人はすれ違ったまま立ち止まっていた。剛司は、顔をヒクヒクさせながら
 "ちきしょ…"と吐き捨てる。

「勝負あり!! 胴ありで…隼人の勝ちぃ!!」
 陽子が手を揚げ、俺の勝ちを宣告した。刹那、パタッと俺の後ろで剛司が腰を下ろした。
「"閃光花火"か……。やっぱ、敵わないわ…隼人には…。力不足やな…まだまだ…」
 何だか声が枯れて、腑抜けてしまった剛司の背中を、俺はポンと叩く。
「俺はめっちゃヒヤヒヤしたけどね。…だって…剛司の"必殺面"喰らったら……多分死ぬし…」

 "何を…ぬかしとるんかいのう…"と力無く笑うと、力強く俺は、剛司の腕を引っ張り、
 立たせた。剛司は目をパチクリさせてはいたが、今度は明らかな笑い声だった。
「よっしゃ、そんじゃ…二人揃って、腹癒せに…切腹と行こうや!」
「新手な冗談か…? まぁいいや、今日は……"おつかれさん"…」
「おぅ! おつかれ………懲りずにまたやってや!」

 面を脱ぎながら、俺達は力強く握手した。握手をすれば、剛司の明るさがお裾分け
 されるようで…ほんのちょっぴり、気が抜けて疲れきっている体が温まった。

 やっぱり、何だかんだ言う奴だけど、…剛司は紛れも無く、俺の大親友だ。
 剛司とバカやってる時も、こんな風に対戦している時も、身の回りの全てが味方に
 つくような気がするよ。……そんな安心感を…剛司から感じる。


「ふぅ……さて…着替えるとしますかねぇ…」
 大和魂と行書体でプリントされている、俺愛用の手拭いを頭から解けば、ヘアゴムで
 止められた髪が一陣の風に揺れる。 …そこに陽子が飛びついて来た。

「お疲れ様、隼人! って、髪が汗でグシャグシャしてるよ。ちょっとは切ったらどう?」
 陽子が俺のヘアゴムを外しながら、素っ気無い事を言う。 ヘアゴムが外され、何の混じ
 り気の無い、黒髪がフワリと肩に掛かるくらいまでに広がる。
「う〜〜ん…そうかなぁ……こういう感じがイイと思うんだけどなぁ…」
 自分の髪を気にしながら撫でていると、陽子が"フフフフフッ"とお茶目な笑い声で
 和ませてくれる。 そして剛司は……俺と陽子の素振りを見ながら、茶化してくる。
「プッ……まぁ、しゃあないやん。♪だ〜って、隼人は〜夢見る〜バガボンドォ〜〜♪」
「何だよ、剛司……。俺の"愛読書"をバカにするつもりかい?」
「ワイはそんな事、言うてまへん♪」



 隼人と向き合い、他愛も無い会話を繰り返していたら、髪に乾きたての柔らかいタオルが
 染み込んだ。陽子は、何も言わずに俺の背中に顔を疼くませている。
「陽子……」
「さぁて、ワイもお着替えしまひょ!…」
 察した剛司が、手拭いを解きながら、そそくさと道場の隅に移動した。

「……無理…しないでね? …最近、発作的に…隼人の足がもつれちゃうって聞いたから…」
 俺の髪の毛をタオルで拭きながら、背中越しに心配そうに小声で話し掛けてくる。
 確かに、この二、三日……時々練習中に、足に力が入らないことがあった。前触れも無くだ。
 それが陽子達に心配させている種だと分かって、ショックを受けながらも、俺は陽子に
 "ハハハッ…"と軽く笑ってみせた。
「大丈夫だよ。 ほら…さっきだって、俺はピンピンしてたじゃないか!」

「……隼人……」

 
 後ろから体を抱き締められた。まだ、防具を身に付けている上から抱き締められた。
 何度も…俺の名前を優しく呟きながら、陽子はまだ………"抱き締めている"。

「陽子、剛司が見てるって…」

 驚いたけれども、その"優しさ"が嬉しくて…俺もついつい、体の前に回された陽子の腕を
 ギュッと掴む。…道場の真中で、俺は……陽子に翻弄され、陽子も…俺の体温に翻弄されて
 いたんだと思う。そう思いたい…。強く…想いたい!

「隼人…隼人……」
「………………陽子…」




「やいやい! そこのバカップル! お熱いのが好きかいな!!」
 防具を外している剛司が、ニタニタさせながら、水を刺して来た。
「う〜〜るっさいわねぇ!! この関西人もどき!!」
「"もどき"ちゃうわぁ! 生まれて、中学までは大阪で暮らしてましたやん!!」
 
 陽子が軽く"ちょっとゴメンね"と言うと、手を離しズカズカと剛司の元に歩み寄る。
 うってかわって、剛司に対して荒々しい態度に豹変したが、俺はそれを…微笑ましく
 見届けた。



 でも……その時、俺の歯車は変色し…動きを止めようとしていた。

 足が行き成り震えだし、鉛でも括り付けられたかのように、酷く……重い…。
 マズイと思って、前へ進もうとする…。でも、それは突然の事。突然すぎる出来事。
 俺は絶望、不安を感じ、二人を呼ぶ。

「陽子!! 剛司!! …………ぁ…ぅ……」

 二人の名前を呼んだ途端、足がとうとう大きく崩れ、受け身も取れぬまま…その場に
 倒れ込んでしまった。"ゴゥン!!"と、痛々しい音を鳴らしながら、俺は深淵に屈する。
「は…や…と…? 隼人…隼人!!! 隼人ぉ!!」
「どないしたんや!! おい!! ……おい!?」

 口論バトルをしようとした二人は、一瞬にして俺の傍まですっ飛んで来てくれた…。
 俺は、神経がイキナリ途切れた足を何とか立たせようとするも、言う事を聞かない…。

「どうしよう…おかしいな………。足が…立たないや…」

 頭が狂ったように、白く染色されそうになる。足を手で触りながら、感触を確かめるも
 ただの気休め程度にしかならない。腕の力だけでしか、体を動かす事しか出来ない。

「隼人……冗談やないで…」
 "もう一度立ってみ"と、剛司が倒れている俺の体を支えながら、立ち上がるも…無理だった。
 もはや力を完全に失ってしまった両足は、同時に膝折れて、倒れてしまった。
「隼人…ヤダ…!! 立ってよ! 嫌だよぉ…隼人……立ってよ…お願いだから…」
「お前、どうしちまったんや……」 

「うん……! ちょっと休めば、立てるようになるから…! 二人揃ってさ………悲しい顔
 されると……俺、困っちゃうよ…」

 脂汗でいっぱいになった顔で、俺は出来る限りの笑顔で二人を促す。 絶望と暗闇と混沌
 で侵されそうになる体を、必死な思いで振り払いながら…。陽子と剛司に、心配をかけさ
 せる訳にはいかないんだ……。 でも…怖くて…怖くなって、体を何とか支えていた両腕が、
 痺れたようにブルブルと戦慄く。 だけれど、それとは正反対に顔は笑っていて…
 そんな自分が……苛立たしかったんだ。

「じゃあ……私たちが…隼人が良くなるまで…傍に居てあげる……! 一緒に!」
「ワイも!! 隼人が、よぅなってくれんと、剣道できないやん! 頼むで大将…」



立てれなくなった俺の足……夕陽が沈み、気持ちも沈む


 陽子は震える腕が治まるまで、ずっと…優しく掴んでいてくれた。
 ……俺の不安を紛らわすために、積極的に話し掛けるも、明らかに喉は震えていた。
 でも…俺を救ってくれるような…彼女の笑顔があった…。
 

それでもね、俺たちは笑っていたんだ
 

 剛司はとにかく、俺の足を一生懸命に揉んでいた。少しは落ち着くのではないかという
 彼のささやかな心遣い。でも、彼も確かに笑っていた。"絶対に治る"という彼の本心…。


 
結局、皆で大声で笑って……時が過ぎていくのを感じていたね






でも結局…何もかも治らなかったよ






━━あれが最後…剣道をやった最後の日━━



━━でも…皆と大袈裟に笑った日…俺は絶対に忘れないよ……絶対に!━━…
  





















「まぁ…剛司が、松葉杖も突けない状況だったら、考えてもイイかなぁ〜?」
「くぅ〜〜……相変わらず、キビシイやっちゃな…」

 隼人は、今一度…引き出しに想い出をキチンと折って仕舞い込むと、再び二人の会話に
 耳を傾けた。軽い冗談を言い終えると、陽子は立ち上がり、隼人の傍らに寄ると、また体を
 下ろし膝立ちをする。そして、白い手編みのセーターの端を隼人の手に触れさせた。

「感触は……どうかな?」
    
━━━柔らかいよ………すっごく嬉しい━━━!

 隼人は必死に震える手を動かし、陽子の掌を力無く握り……相変わらずの微笑みで陽子に
 ハッキリと頷いた。
「隼人……」

━━━………ありがとう…………━━━

 陽子は隼人の手を優しく握り締めた。 隼人の手は、白くなり弱弱しいものだが、その温
 もりは十二分に、陽子へと伝わって行く……。そして、同じように"陽子の温もり"も、隼人
 へと伝わっていった……。 その様子を他の仲間は何も言わず、ただ黙って見届けた。
 
「それじゃあ、このセーター……ここに置いておくから……!」
 陽子は、セーターを丁寧に折り畳み、それを隼人の枕元に置いた。
「よっしゃ!! ビデオ見ようぜ! ビデオ!!」
 一人の少年が持ってきたテープを、ベッドの正面に設置されているテレビラックの中にある
 再生機器に入れ込む。 陽子も、隼人に向けて笑みを見せると、ベッドのすぐ横にある椅子
 に戻る。

「ほんじゃ、ポチッとな……」
 再生ボタンを押すと、テレビ画面には、広い体育館が映し出された。その瞬間、彼らから
 大きな感嘆と、歓声が沸き起こった。 隼人も少しの懐かしさを感じたのか、その表情から
 は"嬉しさ"というものが滲み出ている……。
「あ、しかも行き成り、決勝戦やて……!? 高橋の野郎〜〜〜!! 編集ミスしよったな!」
「まぁまぁ、剛司……イイじゃん! あまり、ここに居れる時間も無い事だし……」
「……仕方無いか…」

 そして、隼人達は暫くの間、テレビに映る自分達の姿に釘付けになった。

「あぁ〜〜〜……負けましたわ…ワイ……」
 剛司は苦笑して、ガックリと肩を落とす。試合は丁度、決勝戦の副将戦が終わったところ。
 勝敗は2勝2敗の五分五分であった。
「剛司は一本取ったからって、安心しすぎだぜ。剣道はもう一本取るまでが勝負なんだから」
「わ〜〜っとるわい!! …それよりも……メインイベント忘れちゃあかんで!!」
 落ち込んでいた剛司は、すぐ肩を持ち上げ、病床の隼人の方を振り返った。
「な! "大将"!!」
 爽やかな剛司に対し、隼人は一瞬、目を細めて微笑み返した。
「皆……隼人よ!」

 テレビには、一人の剣道着姿の少年が映っていた。敵の大将と相対し、威厳溢れるその姿は
 紛れも無い"隼人"である……。隼人は相手に向けて立礼をし、コートの中央に寄る。

━━━俺だ…あの時の俺だ━━━…

 隼人はテレビに映る自分の姿に、胸の高まりを覚える。皆も隼人の勇ましい姿に、興奮気味
 であった。
    
<始め!!>
    
 審判の威勢の良い声と共に、コート上の二人は様子を伺うように、静かな立ち上がりを見せ
 る。結果は分かってる筈なのに、目に見えている筈なのに……彼らは隼人を応援している。

「私は覚えてる……。あの時の隼人の技……脳裏に焼き付いて離れなかった…」
 陽子の小さい突然の呟きに、他の4人は笑って答えた!
「あぁ、アレは凄かった……!! 凄まじいものだったよな! 隼人!」

━━やめてくれよ……恥ずかしいじゃないか━━━!

 隼人は、ニカッと笑ってくる剛司たちの行為に照れ臭くなり、少し赤面する……。

"あっ!!"

 突然、陽子が声を発する。それに隼人と剛司たちはテレビへと視線を向き直す。
 刹那……"テレビの中の隼人"は相手の懐に素早く飛び込むと、竹刀を真横に向け、胴を喰ら
 わせた。そう、それは電光石火の如く……瞬殺であった。

<バシィィー――ン!!>

      会場内に、打突音が雷鳴が落ちたかと思うくらい響き渡った。

「よっしゃぁ!! まず一本! さっすが大将!!」
「隼人の必殺技、"閃光花火"! この技の名前はワイが付けたんやで? そこんとこ忘れん
 なや!」
「うっせえ、ハゲ剛司。 どっちみち、凄いのは隼人じゃねえかよ」
「しかし……隼人の技の入り方は、綺麗だよなぁ〜〜…」        
    
 隼人の見事な技に、場は一気に盛り上がった……。そんな盛り上がりを見せる仲間とは
 別に、陽子は隼人の顔を見ながら話す。

「………カッコイイね、隼人……。剣道をやっている隼人は本当に輝いてる……。また……
 また、剣道…出来るといいね…!」

 陽子は涙で溢れる瞳をグッと堪えながら、それでも隼人に必死に笑ってみせる。

━━━ありがとう……その気持ちだけでも…俺は━━━……

 思わず感銘した隼人は、潤んだ瞳から涙を流した……。 手で涙を抑えようとしたが、
 そんな力は何処にも無く、ただ…ただ涙が痩せた頬を伝わるだけ……。
            




そして……泣きながら……微笑んだ……

とても嬉しそうに…泣きながら……笑いながら……


    



もう治らない体なのに…もう立ち上がる事も出来ない体なのに……
                 
陽子も分かってる筈なのに…           

それでも "剣道が出来るといいね"と言ってくれる……

それが嬉しくて……嬉しくて……嬉しくて……

……ちょっぴり切なくて…

けれども………陽子の笑顔があまりにも"優しくて"……


だから俺は君に……精一杯の微笑みを返したいと思う…

それで陽子が…そして皆が……もっと笑顔に包まれるなら……


"俺は……何度でも笑いたい……!" 




「勝負あり!!」
 テレビから、試合終了を告げる声が聞こえる。
「ヒュ〜〜〜!! やったぜ、優勝! 優勝〜〜!」
 剛司たちはテレビを見ながら、大はしゃぎしていた。それにつられ隼人もテレビを見ながら
 小さく微笑んだ。その目はしっかりと、"テレビの中の自分"に焦点が合わされていた。

隼人は相手に向け、深々と立礼すると仲間の元に駆け寄る。
剛司が隼人を抱擁し、他の仲間も隼人を囲むように喜びを分かち合っていた…。
隼人も肩を組み、変な冗談を言いながら笑い合う。

面を取った隼人の顔は、汗でグッショリになっていた。 しかしそんな事は関係
ない。隼人は実に、充実感溢れる表情だった。 陽子が隼人に真新しいタオルを
渡す。
      
それを笑いながら受け取り、顔を拭いた。……笑っていた…。

笑っているのだ……。『大和魂』と書かれた手拭いを頭に巻き付けたまま……
快活な"そいつ"は優しく微笑んでいた…。 陽子も……そして剛司達も……
隼人と一緒に笑っていた。


そんなテレビに映し出される隼人の姿を………陽子も……剛司たちも……良き日を懐古する
 ように、押し黙って見つめていた…。しかし、隼人は相変わらず目を細めていて、穏やかな
 表情である。

━━━……俺……凄く笑ってる━━━…

 もちろん、今の隼人は”あの頃の隼人”とは違う。……しかし逆に何も変わっていない。
 紛れも無く、今も昔も……隼人は………笑っていた。 もう何もかも変わってしまったと
 想っていた。  ━━涙が止まらない━━…

「どないしたん…隼人……? …ったく、涙脆いやっちゃな」
 隼人が微笑ましく、けれども泣きながらテレビを見据えていた。 それに気付いた剛司は
 すぐにハンカチを出すと、隼人のすぐ傍に寄る。 彼もまた…泣いていた……。

「ワイがなぁ…今まで………今まで剣道やってこれたのもな、…隼人のおかげなんやて……
 そう思ってるんや……」
 唇を震わせながら、そう言うとハンカチで、涙で濡れる隼人の頬を優しく拭く。拭き終わる
 と、自らの涙を弾き、剛司は隼人の肩にポンと手を添える。

「お前との勝負…ワイが356戦全敗や…。これじゃあ、ワイの面子というもんが保たれへん!
 また…勝負……したってや…!」
 さっきの涙を振り払うように、剛司は明るく、しかしそれでいて、どこか落ち着いた口調で
隼人に話し掛ける。 その言葉に何かを察したように、隼人は少し強く頷く。

━━━あぁ……"待ってるから"━━━!!

 隼人は、力を振り絞ってベッドの中から、掌を出すと、剛司の前に差し出す。
「約束やで……」
 剛司は隼人の掌を握る。二人、微笑みながら"いつか果たされる約束"を胸に秘め、固い握手
 を交わした。

「女々しいなぁ……剛司が泣くなんて…」
 仲間の一人が、煽ってみる。
「ど〜〜こ〜〜がぁ〜〜〜女々しいんじゃああああ!!」
「ハハハハハハ……!!」

━━━アハハハハハ……━━━!


 皆が声を出して笑う。隼人も笑う。心の中で………大声で…!


部屋中が"SMILING"に満たされる

           






……ありがとう………



俺はいつか逝ってしまう



でも……また、皆に会える…


絶対に………!

それだけは……信じられるんだ…!











微笑む……微笑む……少年は優しく微笑む……


そして…皆も微笑んだ……










人工呼吸器の機械音は……いつ間にか
隼人と皆の"笑い声"で掻き消されていた…







fin.




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【あとがきという名の土下座】

 私が初めて書いた短編であるこの作品。治る事の無い病気に冒されながらも、真っ直ぐに
 生きていこうとしている17歳を表しました。 6ヶ月前に出来上がった作品ではあります
 が、あまりにも思い入れの強い短編だったために、加筆してしまいました。しかも、
 やたらと加筆分が長いという、意味不明な出来上がりで、逆に加筆しない方が良かった
 んじゃないかなって、後悔なんかしちゃったりしてます。

 しかも、6ヶ月前の私の文章と、それから6ヵ月後の私の文章とでは、明らかに変わって
 いるので、違和感ありまくりな22キロバイトでした。 …ちなみに、精神的に参ってる
 時に読むと、何だか安心します。自惚れもいいところですよ…全く。

 でも"笑顔"でいる事の素晴らしさが、微塵ながら感じていただければ…作者、冥利に尽きる
 というものです。 「Let's smiling!!」


                             執筆完了 2004年 3月27日
                   あとがき作成・加筆&修正完了 2004年 9月30日
                                Writenn by ゴズィラ 
メンテ

Page: [1]

背景画像
(必要な場合のみ)
↑から選んでbak-0.gifのようにファイル名を記入
BGMファイル
(必要な場合のみ)
↑から選んでmid/test.wavのように音ファイルを指定
スタート・ポイント(数値を入れます 例:1000)
エンド・ポイント(数値を入れます 例:5000)
【BGM設定】
特定の場所からBGMを再生スタートさせたい時はエンド・ポイントは空欄にし、 MIDファイル名とスタート・ポイントを設定します。その場合、スタート・ポイントに スクロールが来たらBGMが再生され最後まで曲を再生して終わります。 (画面をリロードしない限り繰り返し再生はしません)

スタート・ポイントとエンド・ポイントの両方を設定するとスタート〜エンド間にスクロール画面がある間繰り返し再生し、 その区間以外では再生はストップします。再度その区間にスクロールさせるとまた再生がスタートします。
背景色
フォントカラー
パスワード (記事メンテ時に使用)
   クッキー保存

- Web Patio -